美保岐玉とは|出雲国造が捧げてきた青・白・赤の玉

美保技玉|三色三形で作られた日本最古の装身具

出雲大社の宮司は、出雲国造(いずものくにのみやつこ)という古い職名を受け継いでいます。その代替わりに際して、宮中へ捧げられてきた玉があります。美保岐玉(みほぎだま)。青、白、赤の三色の玉を交互につないだ、健康と長寿を祈念する宝物です。なぜこの三色なのか。なぜ形が三種類あるのか。この記事では、美保岐玉という玉の成り立ちと、そこに託されてきた祈りを読み解きます。

目次

美保岐玉とは、代替わりに捧げられる玉

美保岐玉は、出雲国造の新任にあたって宮中に献上される玉です。皇室の弥栄を祈るとともに、健康と長寿を祈念した宝物とされています。

出雲国造という職は、神話の時代にまで遡る系譜を持ちます。その代替わりという、何十年に一度あるかないかの機会に、玉が捧げられる。玉造の里で作られた玉が、出雲から都へ運ばれていく。これは古代の玉の役割そのものです。玉は身につけるためだけのものではなく、人から人へ、土地から土地へ渡されるものでした。

美保岐玉という名は、寿ぐ(ことほぐ)という言葉に通じると考えられています。祝いの言葉を述べ、栄えを願う。その願いを、玉というかたちにしたものだと言えるでしょう。

出雲がなぜ玉の里になったのかについては、出雲と勾玉の物語|神々の国はなぜ玉造の里になったのかで詳しくご紹介しています。

三つの形が、ひとつに連なる

美穂技玉で使用されている石の形状
日本糸魚川翡翠協会 会長による作。勾玉・丸玉・管玉が交互に連なります。

美保岐玉の特徴は、玉の形が揃っていないことです。

曲がった玉、丸い玉、細長い玉。つまり、勾玉、丸玉、管玉に加工され、三種類の形が一本の緒に並びます。

これは偶然ではありません。古代日本で作られてきた玉の代表的な三形式です。遺跡から出土する玉類も、おおむねこの三つに分類されます。つまり美保岐玉は、古代の玉の作り方をひとつの品のなかに残していることになります。

勾玉ひとつをとっても、時代や地域によって形は大きく変わってきました。

縄文から古墳時代にかけて、玉のかたちがどう移り変わっていったかは縄文勾玉の形に隠された意味|多様な形は一族のしるし?で読み解いています。その多様さのなかから、三つの形が選ばれて並んでいる。玉の歴史を一本に束ねたような品だと言えます。

なぜ青・白・赤なのか

色の取り合わせにも、はっきりした理由があります。

美保岐玉に使われる瑪瑙は、島根県松江市の玉造にある花仙山(かせんざん)から採れるものです。この山は良質な瑪瑙の産地として古くから知られてきましたが、全国で唯一、青・赤・白の三色すべての瑪瑙が採掘できる場所でした。

だからこの三色が珍重されてきました。神聖な三色があって、それに合う石を探したのではありません。その土地で三色が揃って採れたから、三色の組み合わせが意味を持つようになった。地質が先にあり、儀礼が後から生まれています。

古墳時代、出雲の玉作集団は、それまでの常識を塗り替えました。緑の碧玉、赤い瑪瑙、白い水晶。翡翠の緑だけが玉の色だった時代に、色の選択肢そのものを増やしたのが出雲でした。美保岐玉の三色は、その延長線上にあります。花仙山の石については出雲石とは|意味・産地・出雲大社と勾玉の物語、選び方まででご紹介しています。

なお青めのうと呼ばれる石は、実際には緑がかった色をしています。日本語の古い色名では、青は緑を含む広い範囲を指していました。青葉、青菜、青信号。美保岐玉の青も、その用法によるものです。

色に託された祈り

三色それぞれに、意味が伝えられています。

青は、深い水の色。命の源を表すとされます。緑がかったその色は新緑にも通じ、生命を象徴するものと考えられてきました。

白は、髪が真っ白になるまでの長寿。

赤は、若者のように赤みを帯びた顔色の健康。

どちらも、健やかに歳を重ねた人の姿をそのまま描いています。白髪になるまで生きること。血色のよい顔でいること。抽象的な観念ではなく、目に見える具体的な姿が、色に置き換えられています。

石が何かをするという話ではありません。願う人が、願いのかたちを色で表している。玉を捧げるという営みは、言葉にならない祈りを、目に見えるものに変える方法だったのだと思います。

色に意味を託す発想は、日本各地の玉の文化に共通して見られます。糸魚川翡翠の五色に古代人が何を託したのかは糸魚川翡翠の色に宿る霊性|五色に古代人が託した祈りで読み解いていますが、色の読み方は土地によって少しずつ異なります。花仙山で採れる三色には、花仙山の祈りがあります。

いまも続いているということ

美保岐玉について、もっとも印象的なのは、これが過去の話ではないという点です。

出雲国造の代替わりは、いまも行われます。そのたびに玉造で玉が作られ、宮中へ運ばれていきます。古墳時代に出雲の職人が三色の玉を作り始めてから、千数百年。同じ土地の、同じ山から採れる石で、同じ三色の玉が作られ続けています。

翡翠の産地が採掘禁止になり、山梨の水晶が枯渇したように、石をめぐる営みの多くは途切れてきました。そのなかで、これだけ長く形を保ってきたものは多くありません。

玉造の温泉街を歩くと、いまも勾玉を作る工房があります。旅の土産として買われていく玉と、宮中へ捧げられる玉が、同じ土地で作られている。千年以上続いてきた営みに、私たちも触れられるということかもしれません。

監修者

SUPERVISOR’S NOTE

監修者より|日本糸魚川翡翠協会 会長

美保岐玉は、皇室の弥栄や人々の健康・長寿を祈る神聖な神宝です。青・白・赤の三色の玉が、それぞれに祈りを担っています。

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この記事を書いた人

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