諏訪大社(すわたいしゃ)は、長野県の諏訪湖を囲んで鎮まる、全国一万社を超える諏訪神社の総本社です。そしてこの神社が鎮まる土地は、縄文時代、日本最大級の黒曜石の産地でした。この記事では、諏訪大社の成り立ちと国譲り神話、諏訪に伝わる古い石の信仰、そして黒曜石の大地と聖地の重なりを、協会会長監修のもと読み解いていきます。
諏訪大社とはどんな神社か
諏訪大社は、ひとつの社殿ではありません。諏訪湖の南に上社の本宮と前宮、北に下社の春宮と秋宮。あわせて四つのお宮からなる、四社一体の大社です。祭神は建御名方神(たけみなかたのかみ)と、その妃神である八坂刀売神(やさかとめのかみ)。古くから風と水を司る神、そして狩猟と武勇の神として崇められ、坂上田村麻呂や武田信玄など、歴史に名を残す武人たちの篤い信仰を集めてきました。
四社をめぐると気づくのは、それぞれのお宮の性格の違いです。前宮は諏訪信仰発祥の地とされる素朴なたたずまい、本宮は堂々たる社殿群、下社の春宮と秋宮は、祭神が半年ごとに遷るという珍しい祭祀を伝えています。四つで一つ。この形自体が、諏訪信仰の重層的な歴史を物語っています。
この神社の際立った特徴は、その古さの残り方にあります。上社本宮には本殿がなく、拝殿の奥の自然そのものを拝む形式を今に伝えています。神体については山や木など諸説ありますが、いずれにせよ「建物に神を収める以前の、自然そのものを神とした時代」の信仰の形が生きている神社だということです。七年目ごとに巨木を山から曳き出して社の四隅に建てる御柱祭(おんばしらさい)も、社殿以前の祭祀の記憶を伝えるものと考えられています。
建御名方神と国譲り|出雲から諏訪へ
諏訪大社の祭神・建御名方神は、『古事記』の国譲り神話に登場します。天照大御神の使者が出雲の大国主命に国を譲るよう迫ったとき、最後まで抵抗したのが、大国主命の御子・建御名方神でした。力比べに敗れた建御名方神は信濃の諏訪の地まで退き、「この地から出ない」と誓ってこの土地の神になった——古事記はそう伝えています。
敗者として語られる神が、これほど大きな信仰を集めたことは注目に値します。諏訪に鎮まった建御名方神は、風雨を司り五穀を実らせる神として、また狩猟を守る神として、土地の人々の暮らしに深く根を下ろしました。中世には軍神としての性格が強まり、「諏訪の神は日本第一の軍神」とまで称されるようになります。国譲りで敗れた神が、武の神として最も恐れ敬われる。日本の神話の懐の深さを感じさせる転回です。
ここで思い出したいのが、建御名方神の母にまつわる伝承です。母は高志国の奴奈川姫、すなわち翡翠の姫神とする伝えが、後世の文献や糸魚川・諏訪の伝承に残されています(古事記本文には母の記載がなく、諸説あることを申し添えます)。この系譜に立つなら、翡翠の姫の子が、黒曜石の大地の神になったことになります。糸魚川と諏訪、二つの「石の聖地」が親子の神で結ばれる。石の目で神話を読む面白さが、ここに凝縮されています。奴奈川姫の物語は、別の記事「奴奈川姫とは|古事記が伝える翡翠の姫神と糸魚川の神話」で詳しく解説しています。
一方、諏訪の地元には、建御名方神が来る前からこの土地に神がいたという伝承も残ります。土着の洩矢神(もりやのかみ)が新来の神と争い、敗れて祭祀の家として仕えるようになったという物語です。外から来た神と、土地の古い神。諏訪信仰の深さは、この二層構造にあります。
ミシャグジ|諏訪に息づく石の信仰
その「土地の古い神」の世界を象徴するのが、ミシャグジと呼ばれる信仰です。ミシャグジは諏訪地方を中心に伝わる古い精霊神で、石や樹木を依り代として祀られてきました。諏訪の祭祀では、石棒(縄文時代に由来する石の祭具)が神の依り代として重んじられた例が知られており、縄文的な信仰の記憶が神社の祭祀に流れ込んでいると考える研究者もいます。
ミシャグジ信仰の実態は今も研究の途上にあり、その起源や性格については諸説あります。ただ確かなのは、諏訪という土地では「石に神が宿る」という感覚が、途切れることなく生き続けてきたということです。社殿を持たない古い形式、巨木を建てる御柱、石棒の祭祀。諏訪大社の古層には、縄文から続く自然信仰の地層が幾重にも重なっています。
黒曜石の大地の上の聖地
そして、その縄文の諏訪を支えた石こそが、黒曜石でした。諏訪湖を見下ろす霧ヶ峰一帯(和田峠や星糞峠)は、旧石器時代から縄文時代にかけて、日本最大級の黒曜石の採掘地でした。ここで採れた黒曜石は矢じりやナイフとなり、遠く関東平野まで運ばれています。つまり縄文の諏訪は、当時の日本列島でも指折りの「豊かな土地」だったのです。
正直にお伝えすると、諏訪大社の社伝や神話に黒曜石が直接登場するわけではありません。黒曜石の縄文と、諏訪大社の信仰を、一本の線で結ぶ史料は残っていないのです。けれど、狩猟の神が祀られる土地が、狩猟の道具の一大産地だったこと。石に神を見る信仰が残る土地が、石の恵みで栄えた土地だったこと。この重なりを偶然と片付けてしまうのは、少しもったいない気がします。黒曜石そのものの特徴や選び方は、図鑑の諏訪黒曜石の記事をご覧ください。
諏訪をたどる旅
もうひとつ、諏訪の自然信仰を語るうえで外せないのが、諏訪湖の御神渡り(おみわたり)です。厳冬の諏訪湖の氷が轟音とともに裂け、盛り上がって一筋の道をつくる現象を、土地の人々は「上社の神が下社の妃神のもとへ渡った跡」として神事の対象にしてきました。凍る湖、裂ける氷、山の黒曜石。諏訪の信仰は、この土地の自然現象そのものと分かちがたく結びついています。
諏訪を訪ねるなら、四社めぐりが基本です。上社本宮・前宮、下社春宮・秋宮を一日でめぐることができ、四社それぞれで異なる空気を味わえます。あわせて足を延ばしたいのが、星糞峠の麓にある黒曜石の博物館と、諏訪の古い祭祀を伝える資料館。神社と縄文遺跡を同じ日に歩くと、この土地で石と信仰が過ごしてきた時間の長さが、実感として迫ってきます。黒曜石の大地の上の聖地。諏訪は、日本の信仰の古層に触れられる、稀有な場所です。
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